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FROM A DESIGNER THIS YEAR
FROM A DESIGNER THIS YEAR
hiroshima appeales 2015
「 」

                               
Title: ““



原 研哉
Takahisa Kamijyo
※こちらの写真をご使用の際には
以下のカメラマンのクレジット(日本語でも英語でもどちらでも結構です)を入れてください。
筒井義昭 / Yoshiaki Tsutsui
原 研哉 はら けんや
1958年岡山県生まれ。
「もの」のデザインと同様に「こと」のデザインを重視して活動中。
2000年に「RE-DESIGN─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを提示した。
2002年に無印良品のアドバイザリーボードのメンバーとなり、以後アートディレクションを展開。
2004年には「HAPTIC─五感の覚醒」と題する展覧会を制作、人間の感覚の中に大きなデザインの資源が眠っていることを示した。長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、2005年愛知万博の公式ポスターを制作するなど日本の文化に深く根ざした仕事も多い。2007年、2009年にはパリ・ミラノ・東京で「TOKYO FIBER ─ SENSEWARE展」を、2008-2009年には「JAPAN CAR展」をパリとロンドンの科学博物館で開催するなど、 産業の潜在力を展覧会を通して可視化し、広く世界に広げていく仕事に注力している。2010年に「HOUSE VISION」の活動を開始、2013年・2016年に東京展を開催した。2012年から「犬のための建築」展、2014年に「TAKEO PAPER SHOW 2014 SUBTLE」を開催するなど、常にものの捉え方や価値観を更新するビジョンを提起するプロジェクトを多数手がける。
2011-2012年には北京を皮切りに「DESIGNING DESIN 原研哉 中国展」を巡回し、活動の幅をアジアへと拡大。2015年に外務省「JAPAN HOUSE」総合プロデューサーに就任。著書「デザインのデザイン」や「白」はアジア各国語版をはじめ多言語に翻訳されている。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。 日本グラフィックデザイナー協会副会長。
Profile

2016 DESIGNER 上條 喬久
hiroshima appeales 2015
「祈りの風景」

2016年5月、現職の米大統領として初めて、オバマ大統領の広島訪問が実現し、スピーチで「核兵器廃絶」の願いが明快に述べられた。それは戦後71年で初めての快挙と言える出来事であった。
その同じ時期、私はHIROSHIMA APPEALSの平和ポスターの制作を始め、原爆の悲惨さをいかにシンボリックに表現するかに腐心していた。
しかし、オバマ大統領訪問の陰にあった広島の人々の努力と平和への想いを知って、それまでの考え方を大きく転換することになった。告発し、謝罪を喚起するという対立軸ではなく、赦し、和解し、共に祈るという、深く静かな強い平和への希望を軸とする表現である。
私は常々、グラフィック・デザインの作品は街や生活の中で、風景になって欲しいと願っている。つまり、自分の内なる想いが受け入れられ、風景となって存在することが理想と考えている。
HIROSHIMAAPPEALS2016も平和を強く希求し祈る気持ちをカタチにした。祈りがカタチになった。もしも、そこに共感が生まれるならば、きっと大きなメッセージとなり、祈りの風景になることを願っている。                                
Title: “Landscape of Prayer“


The first visit to Hiroshima by a sitting United States President was realized by President Barack Obama in May 2016. In his speech President Obama spoke unequivocally of his desire to “eliminate nuclear weapons.” That event could be described as a remarkable achievement that was a first in the 71 years since the end of World War II. At that time, I had begun working on the Hiroshima Appeals peace poster and had been striving to express the tragedy of atomic bombs symbolically. However, the mindset I had had up to then underwent a major change when I witnessed the efforts of the people of Hiroshima that formed the backdrop to President Obama’s visit, and their hopes for peace. Rather than adopting a confrontational axis of stating a complaint and evoking an apology, this work is an expression centered on a desire for a deep, still and powerful peace, in the form of forgiveness, reconciliation and joint prayer. My constant wish is that works of graphic design will become part of the landscape in cities and lifestyles. I think it would be ideal, in other words, if my inner feelings were accepted and existed as a landscape. For the Hiroshima Appeals 2016, I gave form to my powerful aspirations and wishes for peace. My prayers have been given form. If empathy is generated as a result of that I am sure it will become a powerful message. My hope is that it will create a landscape of prayer.
上條 喬久
Takahisa Kamijyo
上條 喬久 かみじょう たかひさ
1940年東京生まれ。
1964年東京藝術大学工芸科/グラフィックデザイン専攻卒業。
1972年株式会社上條スタジオ設立主宰し現在に至る。YONEXのCI。三菱製紙のCI。サントリービールの「LIGHT'S」「MOLT'S」。専売公社のCI。積水ハウスのCI。LIONのCIなど多くの実績がある。
1991年東北芸術工科大学のマークをデザイン。
1992年から2007年まで情報デザイン学科の主任教授を務める。JAGDAは1980年から理事として参加し、2002年から2010年まで副会長を務める。
現在、東京アートディレクターズクラブ(ADC)会員。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)理事。

受賞=1968年日宣美賞。1969年、1974年、1975年東京ADC賞、東京ADC会員となる。1980年国際カレンダーコンテスト金賞。1983年日本の絵本賞。1990、1991、1992、1997、1999、2000、2001年全国カレンダー展通産大臣賞。1994年内閣総理大臣賞。
著書=2001年『ゼロポイント 原点の風景』六耀社。2002年『TAKAHISA KAMIJYO』ggg books。
Profile

Born in Tokyo in 1940. Graduated from Tokyo University of the Arts, majoring in Graphic Design, in 1964. In 1972 founded Kamijyo Studio, a position he retains today. CI for YONEX and Mitsubishi Paper Mills. LIGHT'S and MALT'S for Suntory. CI for Japan Tobacco and Salt Public Corp. CI for Sekisui House. Extensive track record includes CI for LION. Designed the logo for Tohoku University of Art and Design in 1991. Served as senior professor of the Information Design Department from 1992 to 2007. Participated in JAGDA as a director from 1980, and served as Vice President from 2002 to 2010. Currently a member of Tokyo Art Directors Club (ADC). Director at Japan Graphic Designers Association (JAGDA). Awards and prizes: Japan Advertising Artists Club Award, 1968. Tokyo ADC Awards in 1969, 1974 and 1975, and became Tokyo ADC member. Gold prize at International Calendar Competition, 1980. Japan Picture Book Award, 1983. MITI Award at National Calendar Competition in 1990, 1991, 1992, 1997, 1999, 2000 and 2001. 1994 Prime Minister’s Award. Publications: Zero Point Scenery, Rikuyo-Sha Publishing (2001); TAKAHISA KAMIJYO, ggg books (2002).
2015 DESIGNER 佐藤 卓
hiroshima appeales 2015
「ヒロシマという重石」

戦後生まれの「ヒロシマ・アピールズ」ポスター制作者は、私で4人目です。どのようなビジュアルにするべきか、想像以上に悩みました。そして覚悟を決めて選択したビジュアルが、この書類の上に大きな分銅が載っているというものです。
分銅は、もともと天秤に掛けるための物。広島はかつて、天秤に掛けられ、原爆を落とされました。落とす側には理屈があります。この広島という分銅が、このビジュアルでは書類の上に載る大きな重石になっています。書類はあらゆる「理屈」を象徴していて、分銅が理屈の重石になっている。どんな理屈があろうが、やってはいけないことがある、ということを表現したつもりです。
そして、分銅の肩に一匹の蝶がとまっています。これは、第1回の亀倉雄策さんのポスターに表現されている傷ついた蝶の生まれ変わりとして表現しました。
                               
Title: “The Weight of Hiroshima”


I’m the fourth designer of a “Hiroshima Appeals” poster to have been born in the postwar era, and I struggled even more than I imagined in deciding what kind of visual I should aim for. What I ultimately decided on was a large balance weight, of the kind normally placed on a balance scale, sitting atop a pile of documents. Seventy years ago Hiroshima’s fate hung in the balance – and an atom bomb was dropped on it. The party that drops a bomb has an argument to justify its actions. In my graphic, the balancing weight named Hiroshima is a heavy one, and it presses the documents down greatly. The documents represent every kind of “argument” imaginable, and the weight of Hiroshima presses down on them. My intention was to express that there are some things that, no matter what argument might be put forward, one must never do. A lone butterfly is seen perched on the weight. I intended it as a reincarnation of the burning butterflies depicted in the very first “Hiroshima Appeals” poster, by Yusaku Kamekura.
佐藤 卓
Taku Satoh
佐藤 卓 さとう たく
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。「ニッカ・ ピュアモルト」の商品開発から始まり、「明治おいしい牛乳」「ロッテ キシリトールガム」「S&Bスパイス&ハーブ」などの商品デザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」のシンボルマーク、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」のグラフィックデザイン、「武蔵野美術大学美術館・図書館」のロゴ、サイン及びファニチャーデザインを手掛ける。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター・「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT ディレクターを務めるなど、多岐に渡って活動。また、大量生産品をデザインの視点で解剖する「デザインの解剖」プロジェクトが話題を呼ぶ。代表著書に『クジラは潮を吹いていた』( DNPアートコミュニケーションズ)、『JOMONESE』(美術出版社)、写真集『真穴みかん』(平凡社)。
Profile

After initially working for Dentsu, Inc., Mr. Satoh established Taku Satoh Design Office Inc. in 1984. His scope of artistic activities is remarkably broad. He created such well-known package designs as those for Lotte’s “Xylitol” chewing gum series and Meiji’s “Oishii Gyunyu” milk. He conceived the logomarks for the 21st Century Museum of Contemporary Art in Kanazawa and the National Museum of Nature and Science in Tokyo. And he has served as art director for the “Nihongo de Asobo” children’s program on NHK’s educational channel, overall supervisor of the “Design Ah!” children’s program on the same channel, and one of three directors of 21_21 DESIGN SIGHT gallery. His publications include “Kujira wa shio o fuite ita” (DNP Art Communications), “JOMONESE” (Bijutsu Shuppan-sha) and the photo book “Maana – Mikan” (Heibonsha). Mr. Satoh is a member of AGI, JAGDA, Tokyo ADC, Tokyo TDC and Japan Design Committee.
2014 DESIGNER 井上 嗣也
hiroshima appeales 2014
hiroshima appeales 2013
「記憶」

数十年前、『廣島』と題名された原爆被害の写真集を見た。そこにある笑顔の子供たちの写真に付けられた説明文「これからは小鳥のように楽しく生きたいと、原爆の子たちはいっている。しかしその小鳥はとても自分のピカドン傷を気にしている。」という言葉が、強い印象で残っている。
戦後に生まれた私たちは、その悲惨な出来事の断片化した知識を、時間と共に遠ざかる記憶として持っている。しかし記録された写真や映像や活字などで被爆の事実を知るほどに、一瞬にして生活と命を奪った行為に対して悲しみ、改めて核への恐怖を覚える。忘れることで今を享受することが出来るかも知れないが、忘れることの危うさもある。1945年の出来事を忘れないで、長く困難な道かも知れないが、「核の傘」という抑止力に頼らない社会の実現を望むばかりだ。  
デザイン作業中は、人工の破壊力によって命を奪われた人々の思いと、「生命は生存したいと願う」という自身の気持を確認しながら臨んだ。画面の生物は、晴天のもと新良太氏に撮影していただいた太陽の光と影の写真によって、時間と記憶を意図して定着に向った。  
この親子二世代の生物は、風化される記憶の忘却を憂い、反核の強い決意で、忘れてはならない「1945年の記憶」を次の世代に伝えていって欲しいと願っている。
井上 嗣也
井上 嗣也 いのうえ つぐや 
1947年生まれ。

1978年ビーンズ設立。アートディレクター、グラフィックデザイナー。
広告、音楽、出版、TVなどのアートディレクションの仕事。 写真とタイポグラフィの斬新なデザインワークでジャンルを横断した仕事を続けている。
日本プロ野球機構シンボルマーク「NPB」制作。

東京ADCグランプリ、東京TDCグランプリ受賞。日本宣伝賞山名賞。
井上嗣也作品集『INOUE TSUGUYA GRAPHIC WORKS 1981-2007』、『INOUE TSUGUYA GRAPHICS TALKING THE DRAGON』(リトルモア刊)。
東京ADC会員、東京TDC会員、JAGDA会員。
2013 DESIGNER 葛西 薫
亀倉雄策賞受賞いたしました。
2014 Award Winners Announced
hiroshima appeales 2013
「夏の陽のまぶしさ」

夏の陽のまぶしさは悲しみをともない、白い紙を前に筆を持ったらしぜんにこの絵になった。なん枚も描いているうちにさまざまな思いが押し寄せて、そしてこれ以上描けなくなった。
人は誰かに支えられ、誰かを思っている。人はそれがあるから生きていける。原爆は、一人の心に刻まれた、たいせつな人への思慕、恩愛までも奪うことは決してできない。
このポスターが、犠牲となった方、残された方のそれぞれの思いに寄り添うことができればと、心から願います。 
                               
葛西薫
Title: Natsu no Hi no Mabushisa
    (Glare of the Sun in Summer)

The glare of the sun in summer is accompanied by sadness. I picked up a brush in front of a white paper and drew this picture without thinking. Various feelings came to me while I repeated drawing, and then I could not keep drawing any longer. We are supported by somebody, and we think of somebody. That’s why we can live. An atomic bombing can by no means take our heart away from the yearning or affection for the people that we love. I deeply hope that this poster can accompany what victims and survivors feel.
Kaoru Kasai
葛西 薫 かさい かおる 
1949年北海道札幌市生まれ。

1968年文華印刷、1970年大谷デザイン研究所を経て、1973年サン・アド入社、現在に至る。
代表作にサントリーウーロン茶(1983年~)、ユナイテッドアローズ(1997年~)などの長期にわたる広告制作、虎屋のCI・空間計画、パッケージデザイン(2004年~)などのほか、サントリー、サントリー美術館、六本木商店街振興組合のCI・サイン計画、映画・演劇の宣伝制作、写真集の装丁など活動は多岐。

近作に、「建築を考える」(ペーター・ツムトア著/みすず書房)、「IRON STILLS―アメリカ、鉄の遺構」(半田也寸志 写真・文/ADP)の装丁、スポーツカーTOYOTA86の広告、TORAYA TOKYOの店舗計画、NHKみんなのうた「泣き虫ピエロ」の動画がある。

東京ADCグランプリ、毎日デザイン賞、朝日広告賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞、日本宣伝賞山名文夫賞など受賞。
展覧会=1984年「葛西薫とSONY」(デザインギャラリー1953・銀座松屋)、 1992年「‘AERO’葛西薫展」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)、 2007年「葛西薫1968」(クリエイションギャラリーG8、ガーディアン・ガーデン)など。
著書=「葛西薫の仕事と周辺」(六耀社)、「世界のグラフィックデザイン35 葛西薫」(DNPアートコミュニケーションズ)、「図録 葛西薫1968」(ADP)
東京ADC、東京TDC、JAGDA、AGI会員


2012 DESIGNER 奥村 靫正
hiroshima appeales 2013
奥村 靫正 おくむら ゆきまさ
1947年12月4日 愛知県生まれ(2012年5月31日現在64歳)
東京都品川区在住

1947年愛知県に生まれる。1968年桑沢デザイン研究所卒業。1970年WORKSHOP MU!! の創立に参加、日本のロックミュージックの数々のアルバムデザインに携わる(はっぴいえんど・キャロル・サディスティックミカバンド・大滝詠一 等)。1979年ザ・ステューディオ・トウキョウ・ジャパン設立、この頃よりYellow Magic Orchestraのアートディレクターとして、アルバム、ポスター、映像、ステージ、コマーシャルなどのディレクションを手がけ注目される。また山下達郎、佐野元春、ムーンライダース、加藤和彦、チェッカーズ等のアルバムアートディレクションをおこなう。Y.M.Oを中心としたアートディレクションにより82年からADC賞を4回受賞。その他書籍に於いて、林真理子、村上龍、中沢新一等のブックデザイン。1985年より日本画の様式をとり入れたグラフィック作品を制作。1989年PCによるグラフィック作品の制作を日本で初めておこなう。1990年宮内庁より大嘗祭のための画家に選定され絵画をおさめる。1997年日本パリ文化会館「デザインの世紀展」ポスターを制作。近年では、2009年に福岡伸一「動的平衡」、2011年篠山紀信写真集 ATOKATA」のブックデザインをおこなう。他にも広告、ポスター、ブックデザインやステージデザイン、舞台美術等、多くのジャンルを手がける。著書として、gggBooks、アイデア(特集:THE STUDIO TOKYO JAPAN)、WORKSHOP MU!! 作品集などがある。女子美術大学芸術学部デザイン学科教授。東京ADC会員、JAGDA会員、東京TDC会員。

株式会社TSTJ
東京都品川区西五反田1-32-8 ぐれいぷハウス2F TEL 03-5434-8031

1947年   愛知県生まれ
1968年   桑沢デザイン研究所卒
1970年   WORKSHOP MU!! の創立に参加
1977年   ザ・ステューディオ・トウキョウ・ジャパン(TSTJ)設立
1982年   東京ADC賞/YMO コンサート ツアー「ウィンター・ライヴ1981」[ステージデザイン]
1984年   東京ADC賞/YMO写真集「SEALED」[エディトリアルデザイン][雑誌広告]
1985年   東京ADC賞/細野晴臣「S-F-X」[ポスター]
1986年   東京ADC賞/村上龍「POST・ポップアートのある部屋」[ブックデザイン]
1994年   桑沢学園第2回/桑沢賞
2003年   グッドデザイン賞 金賞[ブルーミング中西「CSL」]
2007年   ニューヨーク「The One Show」 デザイン部門金賞[女子美アートミュージアム「KIMONO」ポスター]
    桑沢学園第15回デザイン・オブ・ザ・イヤー賞[WORKSHOP MU!!] その他多くの受賞


2011 DESIGNER 遠藤 享
hiroshima appeales 2013
遠藤 享 えんどう すすむ
1933年12月23日 山梨県甲府市生まれ 東京都渋谷区在住

1933年山梨県甲府市生まれ。1959年武蔵野美術学校(現大学)デザイン科中退。1962年桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒。版画や、近年ではコンピュータでイメージ表現した静けさのある独特の作品で著名である。その作品はドイツ、ユーゴ、ブルガリア、フィンランド等の世界各国で賞を受けており、大英博物館、サンパウロ美術館をはじめ、多数の美術館にコレクションされている。
1999年紫綬褒章受章。東京ADC会員、JAGDA会員。

遠藤享デザイン室 東京都渋谷区神宮前3-13-3 TEL 03-3478-1577

1933年   山梨県甲府市生まれ
1955年   武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)中退
1962年   桑沢デザイン研究所研究科卒
1980年   第3回世界版画展サンフランシスコ近代美術館特別買上賞
第14回リュブリアナ国際版画ビエンナーレ美術館買上賞
1983年   日本版画大賞展優秀賞
1985/86年   国際美術展京都国立近代美術館賞、第6回ラハティ・ポスタービエンナーレ・オリジナル部門1位
1987年   講談社出版文化賞ブックデザイン賞
1988年   ドイツ国際カレンダー展最高賞及び金賞
1990年   文化庁買上優秀美術作品選出及び同展、NOVAM誌・国際カレンダー展グランプリ/ドイツ
1991年   インドBHAVAN国際版画ビエンナーレ・グランプリ
1992年   INTERPRINT LVIV国際版画展グランプリ/旧ソ連、イビザグラフィック第3位/スペイン
1992/94年   SDA賞最優秀賞(通産大臣賞)
1993年   ユーモアと風刺ビエンナーレGABROVOグラフィック部門第1位/ブルガリア
1994年   クラコウ国際版画トリエンナーレ特別賞
1995年   ノルウェー国際版画トリエンナーレ特別賞
1999年   紫綬褒章受章 
2009年   金の月桂樹褒章受章(ブルガリア外務省)、東京ADC殿堂入り
2010年   桑沢特別賞受賞


◎ 個展
サンパウロ美術館・山梨県立美術館他、ロンドン・フランクフルト・ヘルシンキ・ソフィア・ソウル・台北・東京等
◎ パーマネント・コレクション
海外/大英博物館・サンパウロ美術館・ワルシャワ及びクラコウ各国立美術館他、アメリカ・スペイン・ポーランド・ブルガリア・クロアチア・スロベニア・インド・オーストラリア・ウクライナ・イスラエル等各国公立美術館。
日本/文化庁、国立京都近代美術館等、国公立美術館9箇所。


主な作品

DROP OF WATER 1984

Adobe Photoshop 1991

EARTH CRISIS WOOD 1992

EARTH CRISIS WATER 1992

遠藤享 版画展 1992

LIFE 1994-A 1994

国際学生照明デザインコンペ14th 2000

国際学生照明デザインコンペ17th 2003
担当デザイナーからのメッセージ
『負の閃光』
2011年3月11日 福島原発事故発生!
その数日後、「『ヒロシマ・アピールズ』ポスター制作を」との連絡を受ける。僕はさっそく広島行きを決行、心の準備を始める。何か通常とは違う緊張感を持って、僕にとって三度目になるが、原爆ドームの前に立った。
瞬間的に福島第一原発の建屋崩壊状態の風景とダブってしまう中、カメラのシャッターを切った。基本的なデザインの方向性は、その時ほぼ決定づけられたと言える。
今まさに様々に論じられている、日本の核への危機感が自分をそうさせたのだと思う。表現手段として原爆ドームを素材として使用するというのは、実に安易な発想であり、陳腐なものになる可能性は大きい。が、僕はあえて難課題を自分に課す事を選んだ。
僕が試行錯誤しながら、『ヒロシマ・アピールズ』を制作しているのを見た6年生の孫が『あっ!これ原爆ドームだね!』と大声で叫んだ。さて、僕の表現から何が伝えられるだろうと考えつつ制作をした。

2011.5.30  遠藤 享